「自己紹介第一弾〜車椅子生活〜」

はじめまして〜 クレイジー映画バカこと中嶋涼子です!

9歳の時から車椅子に乗っています。今年で31歳。車椅子歴22年目のプロです。

少しのきっかけで、車椅子生活になりました。。。 ということで、まず自己紹介的なブログからですね。

長くなりそうなので今回は「自己紹介第一弾」をテーマにお話ししまーす。

 

簡単なプロフィール

現在某映像会社で「エディター」と言う肩書きでお仕事をしています。

海外の映画やドラマやドキュメンタリーを、日本で放送するために編集し直すようなお仕事です。

将来は映画に携わる事が夢です。(その理由は後ほど詳しく説明します🎬)

生まれは東京、育ちはロサンゼルス(7年だけだけど)といった感じのスーパー自由人です。

自由すぎて、企業に勤める難しさをこの歳になって痛感しています。(31歳)

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幼少時代は、動き回るのが大好きで、習っていたテニスのコーチに素質があるんじゃないかと目をつけられ、個人練習をオファーされ、毎週テニスに明け暮れながら将来はテニスプレーヤーになりたいな、、なんていう漠然とした夢を持ちつつ普通に生きていました。

 

何気ない日常からの転機

そんな矢先!

1995年1月16日。

お母さんに買ってもらった新しいピンクの靴を履いていつもと同じように遅刻気味で小学校に走って向かっていた時のことは一生忘れません。

いつものように小学校の休み時間に友達と鉄棒をしていました。

コウモリという、鉄棒に足をかけてぶら下がるやつわかります? コウモリ大会をしていました。
みんな脱落して行く中、最後までぶら下がり、5分ほど経過し、「はい!りょうちん優勝〜♪終わり〜」

となり、鉄棒から降りた瞬間。

いきなり足がふらつきめまいがしました。
鉄棒にぶら下がりすぎたからだと思い、友達に抱えられて保健室まで歩きました。

保健室でしばらく1人で休み、よし、次の授業が始まるしいこうかな。と思って椅子から立ち上がろうとしたら、足がガクガクして、全然力が入らない。
そのまま前に床に転げ落ちました。 誰もいない保健室で唖然としました。 なにこのガクブル状態。怖!嘘でしょ。

なんで?と頭の中で思いながら、恐る恐るもう一度足を動かそうとしました。 ほとんど力が入らないけどなんとかまだ足は動いていたので、頑張って椅子に戻りました。

それからは怖くて動こうとしませんでした。

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(昔の写真シリーズ①)

 

今でも思うのが、あの数分の間に徐々に足の神経が麻痺していっていたのかな、もっと動かしながらチェックすればよかったなあ。 など。

その後保健室の先生が来たので、足が動かなくなっている事を告げ、ベッドまで運んでもらいました。

珍しく授業を休み、お昼休みに友達が保健室まで遊びに来てくれたので、みんなでトランプをしました。

その時、急に両足の太ももに激痛が走り、痛くて叫びながら号泣しました。

でも痛みはすぐに止まり、止んだらトランプ、そして激痛がまた走る、といったループが数回続きました。

あの時一緒にトランプしてた友達がどう思ったんだろうw叫びながらトランプって。

あまりに痛いので先生にいって、病院へ行くことになりました。

 

入院、そして、言い渡された診断結果

タクシーが到着し、タクシーに乗る時にはもう完全に足が動かなくなっていました。保健室の先生がおんぶをしてタクシーに乗せてくれました。

到着した最寄りの病院で、生まれて初めて車椅子に乗りました。

それまで車椅子に対してかっこ悪いっていう思いがあり、それに乗っている自分がカッコ悪いと思い、

これからずっとこれに乗ることになるなんて思いもせず、早く足治らないかなという気持ちで、お母さんの到着を待ちました。

お母さんも、「また走り回ってて骨折でもしたんだろう」くらいな気持ちで病院に来たと、後から聞きました。

そして診察をしてもらい、私はそのまま病室で寝かされ、気づいたら鼻に管を入れられ、足の痛みをこれ以上悪化させないためにステロイドを打たれ、点滴をされ、寝たきりの状態になっていました。

「今夜は入院です。」と先生に言われました。

 

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(昔の写真シリーズ②)

 

お母さん大好きっ子で、昔から友達の家に泊まったり、合宿があったりすると、おかあさんとはなれるのが嫌ですぐに泣きだすような子だった私は、入院するなんて信じられませんでした。

なんで入院するのか、というよりお母さんと離れたくない、という思いの方が強かったな。 寝ているとき、うっすら目を開けると病室のカーテンの隙間から見えてしまいました。

お母さんが、私の親友のお母さんの胸元で号泣している姿を。 私に何かあった事を告げられたんだと確信しました。

数分後に泣いた姿など全く見せずに戻って来たお母さんの前で、もちろんなにも知らないフリをしました。

 

足が一生動かなくなる という事実を私が聞かされたのはそれから数ヶ月後の別の病院に転院した頃です。

 

ただ、子供だった私は、当時からポジティブだったので、そうなんだ!?くらいにしか思いませんでしたwその当時はね。

徐々に、退院してからその辛さを味わって行くことになるとも知らずに!

意外と思春期とか大人になった今その状況になっている方が号泣して、落ち込んでいただろうと思う。

歩けなくなった原因が見つからぬまま3回の転院を繰り返し。 鉄棒にぶら下がっていたこと、前日に食べた鯖寿司のこと、風邪を引いたことなど、いろんな事が原因の対象になりましたが、結局原因不明のまま治療法も見つかりませんでした。

一応「横断性脊髄炎」という病名が付けられました。いわゆる脊髄損傷。

カッコつけていうとセキソン。 よくバイク事故とか交通事故でなってしまう人が多いアレです。

 

(以下サイトから引用)


そもそも脊髄とは何なのでしょうか。 脊髄とは、脳から背骨の中を通って伸びている太い神経の束のようなものです。 脊髄は脳からの命令を身体に伝えたり、痛覚や触覚などの情報を脳に伝えたりする重要な役割があります。 そして、脊髄自体は非常に柔らかいものなので、背骨によって守られています。 しかし、交通事故などによって外部からの強い衝撃を受けたとき、背骨が折れたり脱臼したりすると中の脊髄にもダメージを受けます。 背骨自体は骨なので、適切な処置を加えることによって元に戻ります。 ところが、脊髄は脳と同じ中枢神経なので、一度傷つくと二度と再生しないと言われています。 脊髄を損傷すると、その障害した部位以下に運動機能、感覚機能、自律神経系、排泄機能など様々な障害が生じます。 ですので、一般に損傷した部位が上になる程、障害が重くなると言われています。 また、脊髄が完全に断裂している場合は、その部位以下の身体の機能は完全に麻痺してしまいます。


 

らしいです。

とりあえず下半身麻痺の状態です。

 

濃厚な人生の幕開け

私の状態はT11といって、おへそから下の感覚が全くなく、もちろん動かすこともできません。

トイレの感覚もないので、3-4時間おきにトイレへ行きます。大の方は下剤を飲まないと出ないので、平気で2週間くらい便秘をしたりもします。

私は交通事故や大病にあった訳ではないので、多分歩けなくなる1週間前に引いた風邪の菌が脊髄にたまたま入ってしまって、その1週間後にたまたま発症したのではないか、という説が有力だそうです。

 

この時から私の人生はもう普通の人とは違う濃厚な人生の幕開けです。

 

この説明を今まで何千回してきたことか。

毎回、初対面の人や、面接や、面談で、このくだりを説明することで10分終わってしまう。

でも自分の大事なヒストリーだから言わなきゃ! 今度は毎回このブログを見てもらえばいいですね🎶

 

そんなわけで9歳の時から車椅子に乗っています。今年で31歳。車椅子歴22年目のプロです。

職場では新人のポンコツエディターですが車椅子の技術だけは誰にも負けない自信があります。職業車椅子のプロアマ。

 

私は、人として魅力的でヘンテコで面白そうな人と出会い、刺激される事が大好きなので、このRedox Roomsを通じて、色々な分野の面白い人たちと知り合い、つながり、まさに化学反応REDOXを起こし続け、自分の価値観をどんどん広げていきたいと思っています!

車椅子ならではの視点から見た日常の喜怒哀楽面白いこと、クレイジー映画バカならではの映画にまつわる話、ただの映画評論、日常の刺激的な出来事などをブログに綴っていきたいと思っています(^O^)
Redox Roomsを通じていろんな人と繋がれたらいいなと思います(^O^)

 

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第一弾のブログはちょい重くなってしまいましたが、私にとって欠かせないモノ第一弾の車椅子にまつわるストーリーをお話しさせていただきました。

ここまで読んでくださった方は本当にお疲れ様&ありがとうございました〜(^O^) See you at the next chapter 🙂