今回は、冒険家の夢を追う男、阿部雅龍さんから刺激を預かってきました。

みなさんは、“冒険家”と聞くと、どんなイメージを持ちますか?

阿部さんは、大学時代、周りが就活で進路を決めていく中、
本当にやりたいことがなにかを自問自答しているときに、
子どもの頃に憧れていた大人の理想像を思い出し、冒険家の道に進んでいきました。

なぜ、死と隣り合わせの冒険を続けているのでしょうか?
そこには、阿部さんのある夢がありました。

阿部 雅龍Masatatsu Abe

夢を追う男。秋田大学在校中から冒険活動を始め冒険を発信共有する。同郷出身の白瀬矗中尉の足跡を伸ばし単独徒歩での南極点到達が冒険目標

Official Blog

冒険家への憧れ

Redox.

現在、冒険家として活躍されている阿部さんですが、昔から冒険に憧れていたのでしょうか?

 

阿部 雅龍

そうですね。憧れていましたね。
小さい頃から、冒険の本を読むことが好きで、困難に対して立ち向かっていく姿や仲間やアイデアと勇気で乗り越えていく姿がすっごくかっこいいなって思っていました。
こっそり将来の夢は「冒険家になること」でした。(笑)
当時は、なれればいいなってくらいでしたね。

 

Redox.

大人になっても、その憧れが残っていたのでしょうか?

 

阿部 雅龍

大学生になってからも憧れだけはずっとありました。
ただ、自分が冒険に行く勇気はなくて…
なぜかというと、冒険をすることはすごく大変なことで、会社に入るわけでもないし、起業するわけでもないし、お金を稼ぐことでもないんですよ。
冒険によっては莫大なお金が必要なんですよね。

そんな気持ちを抱えながら、就職活動が始まり、
「自分がどう生きたいか」って考えるようになりました。
僕のまわりの友だちはすごく優秀で、
ちゃんと目的意識があって会社に就職している人が多いんですよ。
たとえば、「車が好きで、自分はこういうことがやりたいからマツダに入りたい」
「こういう研究がしたいから大学院に行きたい」みたいな。
みんな将来のことをなんとなく考えていたわけではありませんでした。

そんな中で「自分は何がしたいんだ」と問いかけているときに、
子どもの頃、僕が憧れていた大人、
つまり冒険家みたいな人になりたいなって思ったんです。
というか、そう思ってしまったんですよね。(笑)
それが、本当に自分が目指していたものなんじゃないかなって思って。
でも、なかなか決意する勇気も持てなくて…

 

恩師の言葉

Redox.

子どものころからの憧れは簡単には消えなかったんですね。
冒険家になるためのきっかけがあったのでしょうか?

 

阿部 雅龍

そんなときに、僕の恩師である冒険家に出会いました。
その方が、”大場満郎”さんです。
大場さんは、世界で初めて、北極・南極の単独歩行横断を達成させた方なんです。
僕が冒険家になるかならないかで悩んでいたときに、大場さんのインタビュー記事を読みました。
その中で、
「なぜ冒険をしているのですか?」という質問に対して、
「笑って死ねる人生を生きる為に冒険をしている。」
と答えていて、それが衝撃的で、大場さんみたいになりたいなって思ったんです。

もし、自分がここで小さいころの夢に向けてなにもしなければ、
たぶん自分は死ねないんじゃないかって思って。
やらなかったことを一生後悔して、
「あの時やればよかった」と思いながら一生過ごすのかなって考えたら、
その生き方はやだなってなりました。
それから、大学の学生課に行って休学届けをくださいって言いに行きました。(笑)

 

Redox.

昔の憧れと大場さんの言葉で、本当になりたい自分と向き合うことができたのですね。
休学してからは、どうしていったのでしょうか?

 

阿部 雅龍

そこから大場さんが山形県で「アースアカデミー大場満郎冒険学校」を運営していて、スタッフを募集していることを知ったので、そこに手紙を送りました。
「冒険をしたいので、そのためならなんでもします。」って。(笑)
そして、家を飛び出すようにして大場さんのもとへ向かいました。

 

Redox.

大場さんのところでお手伝いをしている間は、具体的にどんな生活をしていたのでしょうか?

 

阿部 雅龍

冒険の技術を学ぶっていうより、学校の運営スタッフの一人。
子どもたちと、登山や犬ぞりなどの自然的なアクティビティーをしたり、一緒に無農薬のお米を植えたりしました。
大場さんが、どういう考えをお持ちで行動しているかなどいろいろ知ることができました。
今でもお世話になっています。

7ヶ月間、大場さんのところにいるうちに、
普段生活している社会とは全く違う世界に飛び込んでみたい気持ちが強くなっていきました。
そこで、文化や生活スタイルなどが違い、言葉も全くわからないようなところで自分を試したく、行き先を南米に決めました。
さらに、移動手段を自転車にしたのは、自分でやり抜く旅にしたいというこだわりがあったからです。
それから、もう1年休学をすることにしました。

ep28-2

(南米大陸自転車縦断編)

2回の休学

Redox.

2年間休学したのですね。冒険することにご両親は反対されましたか?

 

阿部 雅龍

かなり反対されましたね。
実は、僕が4歳のときに、父が29歳で事故に遭い亡くなったんです。
僕の最初の記憶が父の葬式なんです。
そこから、母が一人で僕を育ててくれたので、
大学を卒業してそろそろ就職して落ち着くかなっていうときに、
いきなり「母ちゃん、俺冒険家になる」って言ったから
は?みたいなことになりましたね(笑)
母には非常に心配をかけましたね。

それに、みんなが就活しているときに
いきなり「俺、冒険行くよ」って言ったので、
「現実から逃げてんじゃないか」って思われてしまって、友だちもけっこう減りましたね。
もちろん悩んだし、苦しかったんですが、
ここでまわりの言葉で選択を変えたら後悔するのは自分だなって思い
「もうやるんだ」と腹をくくりました。
それからずっともう10年間ほどやっていますね。

その後、阿部さんは290日かけて、南米大陸(エクアドルの首都キトからアルゼンチンのラパダイア湾まで走行距離10924㎞)を一人自転車で縦断。

阿部さんが南米大陸を縦断しながらリアルタイムで更新されていたブログは、NHKの番組で取り上げられ、全国1000以上のブログの中から最優秀賞に選ばれた。

ep28-3

(南米大陸自転車縦断編)

人力車の仕事をする理由

Redox.

南米から帰国してからは、大学に戻ったのでしょうか?

 

阿部 雅龍

南米から帰国したあとは、すぐに復学しました。
大学を卒業することは、母や先生たちへの恩返しともいえることで、自分自身そういうところはちゃんとしておきたい気持ちがありました。
大学卒業後は、冒険に行く計画を立てながら、東京に出て、「人力車」を引く仕事を始めました。

 

Redox.

なぜ、人力車のお仕事を選んだのでしょうか?

 

阿部 雅龍

人力車を選んだ理由は大きくわけて3つあります。
一つは、トレーニングと仕事を一緒にできるからです。
時間を有効活用したいという考えからですね。

二つ目は、人と関わることでコミュニケーション能力が高くなるからです。
もともと、すごい口下手だったんです。(笑)
人の目を見て話せない人っているじゃないですか?
小学生の時、そんな感じだったんですよ。
それくらい小さいころから口下手でした。(笑)
生まれつきで会話がうまいということは決まってないと思います。
練習をして、たくさんの人とコミュニケーションをとることでうまくなると思いますね。
まあ今は、前よりマシになった気がします。(笑)

三つ目が日本文化を勉強したかったからです。
南米を縦断したときに痛感したのが、自分が日本のことについて何も知らないこと。
日本のことをいろいろと聞かれたときに、全く答えることができなくて…自分の国のことなのに。
一方で、外国の人って自国のことを話すんですよね。
それが、すごいなって思いましたね。単純にかっこいいなって。(笑)
帰ってきてからは、ちゃんと日本のことを勉強したいと思って、日本の歴史や文化を話す人力車の仕事を選びました。
それで日本人として世界で冒険できる仕事だなって思ったので。
まあこの三つですよね。

ep28-4

(浅草で人力車の仕事をされている阿部さん)

2017年の目標までの道のり

2010年 ContinentalDivideTrail(4200km)単独踏破
2011年 GreatDivideTrail(1200km)単独踏破。併せて、ロッキー山脈を走る両トレイルを踏破。
2012年 乾季のアマゾン川を2000km単独筏下り
2014年 カナダ北極圏単独徒歩500km
2015年 春カナダ北極圏単独徒歩750km
2016年 2月グリーンランド単独徒歩1200km予定
2017年度末に 白瀬矗中尉の足跡を辿り南極点まで単独徒歩

ep28-5

(カナダ北極圏単独徒歩)

Redox.

2017年度末、南極点まで単独徒歩の計画を立てたのは、どういったきっかけがあったのでしょうか?

 

阿部 雅龍

冒険をしようと決めて、早い段階から目標にしていた”極地冒険”を具体的に目指していくことを決めていました。

100年前、白瀬矗さん(白瀬中尉)という探検家が、日本で初めて南極点を目指して歩いたのですが、白瀬中尉が到達した地点は南緯80度5分、西経156度37分の地点で、南極点まで辿り着くことができませんでした。

白瀬中尉は、自分と同じ秋田出身で、白瀬中尉の夢を継ぎたいという思いがあります。
彼の探検家としての夢を叶えた人はいないので、彼のルートで行って、そのルートを伸ばして、100年後の今に実現させるっていうのが目標ですね。

冒険で死にかけた経験

Redox.

実際、冒険って危険なイメージがあるのですが、死にかけたことってありますか?

 

阿部 雅龍

何回もありますよ。
2回目の南米に行ったときに、イカダを作ってアマゾン川を下りました。
イカダは現地の人にも協力していただき作りました。
旅を始めて30日目の夜に、マラリアに発症したときは、本当に死にかけました。
マラリアは、熱が40度くらいまで上がって、体がまず熱くてしょうがなくなり、そのあと悪寒期がきて、体が寒くなるんですよ。
それの繰り返しなんです。幻覚も出てきて…
脱水症状になるんですけど、近くにあるペットボトルをとって、水を飲むっていうのですらできないくらい気力がなくなる。
そのときはやばいなって思いましたけど、
結局、寝たままの状態でビスケットを口に入れ、持ってきていたマラリアの薬を飲んで、なんとかなりました。

また、去年は北極で歩いている最中に、寝てしまったことがあります。
去年は極地を歩くのが初めてで、80キロのそりを毎日8時間とか引っ張っていて疲労困憊になり、カロリーの計算もできなくなってしまって…
カロリーが足りてない状態なると明らかに身体が寒さを感じるようになるんです。
歩いているときに風がすごく冷たくて、魔法瓶のお茶を飲もうとしたんです。
それで風上にそりを置いて、風がこなくなって暖かくなって、座っていたらいつの間にか寝てしまっていました。
鍋をみんなで囲んで、熱燗飲んでわいわいしているんですよ。(笑)
でも途中で気づいたんですよね。
「あれ?これ夢だな」って。
それでなんとか起きたら片方の目から涙がでていましたね。

他にも、シロクマにテントを蹴られてモーニングコールをいただいたり、ペルーで強盗に囲まれて、タックルして猛ダッシュで逃げたりしたこともありますね。

ep28-6

(南米アマゾン川の単独筏下り)

ep28-7

(アマゾン川の上での生活は、ピラニアを刺身で食べたり、写真のパラチャマという魚を唐揚げにして食べたりしていた。)

危険とモチベーション

Redox.

そんな死と隣り合わせな冒険に行く阿部さんは、日頃から何か特別なことをしているのでしょうか?

 

阿部 雅龍

毎日集中することですね。
何日間も一つの目標にフォーカスし続けないといけないから、集中力って大事ですよね。
この集中力は今までの冒険の経験がモノを言っています。

南米に行ったときは、今ほどメンタルが強くなかったので、辛くて泣き叫んでいましたね。(笑)
泣き叫んでしまうとカロリーの無駄使いになってしまうんです。
周りに誰もいない環境なので、
自分が持っているカロリーでなんとかしなきゃいけないんです。
その中で心を乱してしまうと、カロリーも消費しちゃうし、いいこと何もないんで常に冷静にいるようにします。

 

Redox.

そのモチベーションはどうやって保っているのでしょうか?

 

阿部 雅龍

実際、僕は他の人と大きく変わっているわけではなくて、どちらかというと結構不安だと、気持ちが揺れ動きやすいんです。
だから「毎日自分が何のためにこれをやっているのか」とか「それを求めて何がしたいか」
24時間、自分の目的について考え続けるくらいの気持ちでいることは意識していますね。
特に、SNSやブログは基本的に毎日更新しています。

あとは、冒険を10年間やってきて、講演会をする機会が増えて、応援してくださる方々の気持ちが僕の力になっています。
中でも、子どもたちやいろんな方に夢を持つことの素晴らしさを伝えたいです。
もちろん夢は決して叶うモノとは限りません。
でも、何かにかけていくことは素晴らしいことだと思っているので、僕自身もしっかり実現させたいです。
夢を追うことは楽しいことで素敵なことだと思って欲しいので、今はやり続けたいと思っていますね。

昔はここまで気持ちは強くなかったんですけどね
だから自分のためだけじゃなくて、誰かのために冒険をすることがモチベーションになっています。

 

Redox.

実際に、冒険家にとって大事なことってなんでしょうか?

 

阿部 雅龍

冒険家として一番大事なことは「臆病であること」
恩師の冒険家の大場さんが僕に教えてくださりました。
臆病な人間しかやっちゃいけないと思います。
理由は、ちゃんと計算してやらないと死んでしまうから。

たとえば、カロリー計算。
寒い環境での冒険は、非常にカロリーを消費します。
具体的には、1日5500キロカロリー取る必要があります。
そのため、目的地までどのくらいカロリーを消費するか考えて食べます。
バターをばくばく食べたり、砂糖をスプーンで食べたり、マルチビタミンを飲んで栄養を取ったりします。
環境が変わると、それがたまらなくおいしく感じるんですけどね。(笑)

他にも、クレパス(氷河の割れ目)に落ちないようにしたり、寝ているときにグリズリーに襲われないようにしたり、砂漠で水がなくならないように計算したり…
リスクマネジメントをしなければならないんです。

ep28-8

(冒険用に考えたカロリー計算の一部)

ep28-9

(北極のシロクマと遭遇することは日常的でもある)

夢を追う理由

Redox.

冒険家のイメージが大きく変わりました!
では最後に、阿部さんにとって人生とはなんでしょうか?また、阿部さんの夢を教えてください!

 

阿部 雅龍

人生はやっぱり楽しく生きるためにあると思いますね。
自分で、自分の人生を楽しくしたほうがいいと思う
みんないろんな環境があって、
やりやすい環境だったり、やりにくい環境だったり…

しかし結局、
人生の責任は全部自分で、言い訳をしても前には進まないんです。
僕がいつも口にしている言葉
「Keep Dreaming, Keep Smiling!」のように、
自分で自分の人生を楽しくしてほしいと思います。

僕の最終的な夢は、冒険と教育を結びつけ、子どもたちが笑顔で暮らせる環境作りに貢献することです。

実は、僕という人間はどんな分野においても才能に恵まれているわけでは決してありませんでした。
時に、一番になれないだろうと感じてしまったこともありました。
そうやって自分の限界を決めつけてしまうことはよくなくて、たとえ一番になれなくても、努力して、いかにそこまで近づけるかが大事だと思います。

よく考えてみれば、世の中は一番になれない人の方が、一番になれる人よりずっと多いですよね。
たとえ一番になれなくても、そこに近づく努力をしたことに自分で納得できたとしたら、そこで必ず何かを得られている気がします。
“凡人”の僕が、もがき続けている姿を見て、夢を追う人が増えてほしいですね。

ep28-10

(たくさんの応援からできた応援旗)

阿部さんの自伝
「次の夢への一歩」 (角川書店 学校推薦図書)

こどもの頃、冒険の本を読むことが好きで、
いつか「冒険家になりたい」と思うようになった阿部さん。憧れを抱きながらの就職活動の時期。
「自分がどうなりたいか」と考えていたときに、
現在の恩師でもある大場満郎さんのインタビュー記事を見つける。たくさんの葛藤がある中で、
「まわりの言葉で選択を変えたら後悔するのは自分」と思い、
休学を選択して、冒険家の道へ進んでいった。冒険は危険が伴うことが多いです。
しかし、
冒険家として、
たくさんの人に勇気を与え、
たくさんの人を笑顔にしていき、
たくさんの人に夢を紡いでいく阿部さんは、男の中の男だと思いました。「南極点まで単独徒歩」の夢へ…
これからも阿部さんのご活躍に期待しています!