今回は、河島匠さんから刺激を預かってきました。

現在、地域おこし協力隊の一員として活動しながら、
自身の“キャンプ場を作る”夢を実現するために、日々活動されている河島さん。

なぜ、サラリーマンを辞めて
田舎に移住して活動しているのでしょうか?

なぜ、キャンプ場を作りたいのでしょうか?

そこには、夢に向かって動いている河島さんの熱い考えがありました。

河島 匠Takumi Kawashima

 

河島さんが運営されているブログです↓
田舎暮らしキャンプのすすめ


地域おこし協力の活動

 

Redox.

河島さんは、現在どのような活動をされていますか?

 

河島 匠

総務省の”地域おこし協力隊”という制度を使って、鳥取県中部にある琴浦町で町おこしをしています。
地域おこし協力隊というのは、全国の過疎地域に若者を増やして
「田舎の過疎地域を、若者の力で盛り上げましょう」という政策です。
地域おこし協力隊になるには、都会に住民票を持っている人が田舎に住民票を移して、そこで住みながら実際に働くことが条件です。
元々は、病院がなかったり、ショッピングモールがなかったりするような限界集落で
車も運転できないお年寄りの方の生活のお手伝いをすることがはじまりでした。
現在では、地域の支援活動以外にも、農業や林業、観光、スポーツなど様々な分野でチャレンジする協力隊が増えています。
地域おこし協力隊の制度を使って、若者は過疎地域で生きていくための生業を見つける。
というチャレンジができます。
現在では、約2000人が地域おこし協力隊制度を使って、定住に向けて様々なチャレンジをしています。
僕もそのチャレンジの最中ですね。

 

Redox.

河島さんは、地域おこし協力隊で具体的にどんな活動をされているのでしょうか?

 

河島 匠

仕事内容は各自治体によって様々なのですが、一番多いのは観光と移住者への支援ですね。
僕はその中でもアウトドアコーディネーターという肩書きで活動しています。
琴浦町の自然資源を発掘して形にしています。
琴浦町にかぎらす、田舎は都会に比べて自然が圧倒的に多いので、自然の資源がすごい豊富なんです。その豊富な自然資源をヨソモノの視点で発掘するのが、町の狙いかなと。
都会の人たちへ観光を促すことと
地元の子供がもっと自然の中で遊べるようにすることを目的にしています。
外側からと内側から両方の活性化を目指しています。
例えば、大山の麓であるという地形を利用して、冬はスノーシューツアー、
暖かくなれば登山ツアーやキャンプツアーを開催しています。
また小学生を対象に、県立の社会教育施設と一緒になって一泊二日のイベントを開催しています。
夏に向けて、巨大キャンプファイヤーを囲む会やサーファー向けのイベントも考えています。

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Redox.

その活動は、1人でやっているのでしょうか?

 

河島 匠

私の活動地域の琴浦町では、現在三人の協力隊員がいます。
全員やっていることはバラバラなのですが、僕が担当しているアウトドアレジャー以外にも
町の良さを動画やポスターで表現する方や、山に出るイノシシを狩る獣害対策をしている方がいます。
基本的には、活動内容は自由ですが、市町村の意向に則って活動しています。

 

 Redox.

では、地方はたくさんあると思うのですが、なぜ鳥取県を選んだのでしょうか?

 

 河島 匠

いろんな選択肢があったのですが、
鳥取県琴浦町の募集要項で”アウトドア”の分野があったからですね。
鳥取県には、大山という1700mを超える大きな山があるのですが、
その麓に琴浦町があるんです。
その近くに日本海があって、海と山がここまで近いのは琴浦町でした。
日本中で探してもなかなか見つからないと思います。
僕は、キャンプ、山登り、素潜り、スキー、カヤック、ダイビングと趣味が
アウトドアに固まっていて、短い人生ですが、いろんなとこに行ってきました。
僕が行ってきた中でも、フィールド的にはトップクラスの魅力を持っているのが琴浦町でしたね。
まあ海も山も好きで、どちらも楽しめそうだったことが第一の理由ですね。

ep34-2

Redox.

今、地域おこし協力隊という言葉を初めて聞いたのですが、地域おこし協力隊を知ったきっかけはどんなことでしたか?

 

河島 匠

はじめて”地域おこし協力隊”という言葉を聞いたのは、
小学校からの友人が仕事のことで悩んでいた時です。
その彼から
「あぁ〜田舎で住むのもありやな〜なんか田舎にはいろんな制度があるみたいやしな〜」
と聞きました。(笑)
その時は、特に地域おこし協力隊という言葉を聞いたわけではなく、田舎暮らしを意識したというぐらいですね。

 

Redox.

ということは、大学卒業後すぐに地域おこし協力隊に入ったわけではないのでしょうか?

 

河島 匠

大学卒業してから、一回就職しています。
ITベンチャーに就職して、バリバリ営業していました。(笑)
元々、就活している時に、漠然と自分で何かしたいなとは思っていました。
就職してスーツを着て、毎日仕事をしているイメージができなかっただけですが(笑)
ペンを売ってでも、靴磨いてでも、何かしらでお金を稼いで生きて行こうって思っていましたね。
ただ、将来のことを考えていると心のなかに“キャンプ場を作りたい”気持ちがありました。
その気持ちを確かめるためにも経営者の方と話して刺激をうけながら、一回就職してみようってなった感じですね。

ep34-3(休みの日は仲間とキャンプをしていたサラリーマン時代)
Redox.

キャンプ場を持ちたいと漠然と思っていたのは、何かきっかけがあったのでしょうか?

 

河島 匠

何かきっかけがあったわけではありませんが、
子どもの頃から、父の影響で休日はキャンプをしていました。
父は、昔から家に人を集めることが好きで、その人たちとキャンプによく行っていましたね。
人が集まってわいわいしているところで本当に楽しそうにしていて、自分も楽しんでいました。
でもある日、キャンプ場に荷物を持っていくことに飽きて、突然いかなくなったんですけどね。(笑)
部活動に打ち込んでいたのもあって、キャンプからは遠ざかっていましたが、
自分が大学に入ってからは、母校の中学校でラグビーのコーチをしながら、少しの暇を見つけて川や海に行っていましたね。
なので、夏場は海パンにTシャツとサンダルでいつでも外遊びができるようにしていました。(笑)
授業と授業の間にも車で川に行くようになったり、授業が終わったその足で滋賀県まで行ったり、どんどんアウトドアのレベルが上がって行きました。
シャワークライミングをして、焚き火をして、お酒を飲んで…帰りたくないな〜と思うようになりました。
ただ大学生なので、お金もないため、そのあたりのホテルに泊まるなんてできなくて
あああああああ〜ってなっている時に、ふと
「そういえば、実家にキャンプ道具あったな」と思い出して、
川でお酒を飲むために、キャンプ道具を持ち出したのが、キャンプを自分でし始めたきっかけですね。
仲のいい友人がアウトドアショップでバイトをしていたのも大きかったかもしれません。(笑)
まあ、完全に遊びの延長線ですね。(笑)
時間を気にせず、ゴロゴロして自然に囲まれてゆったりしながら酒を飲むという条件を満たしていたのがキャンプでした。
そこから、アウトドアが好きな人を集めて、定期的にキャンプに行くようになりました。
父親譲りで、人を集めることが好きということに気づいて、休みの日は人を集めてアウトドア活動をすることが習慣になっていきました。

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(河島さんのアウトドア仲間)

Redox.

社会人になっても、キャンプをしていたのでしょうか?

 

河島 匠

社会人になっても、休みの日はキャンプをしていました。
いや、キャンプしかしていませんでした。(笑)
キャンプをしすぎて、いつかはキャンプ場を作りたいなあ。なんてぼんやりと思っていました。
自分がキャンプ場をやっていくという覚悟ができて、本気でやりたいと思った時に一気に打ち込もうと決めていました。
具体的に、いつまでにどのくらいのお金を貯めるかなんかは全く決めていませんでした。
なので、ひたすら仕事をしながらキャンプをしていました。
ある日、仕事を終えてあとは寝るだけという時に、
ふと友人が言っていた「田舎暮らし」を思い出したんです。
話した日から1ヶ月経っていたのですが。(笑)
「田舎 制度」「田舎 政府」…と携帯で調べた時に、
”地域おこし協力隊”のことを知りました。
これを見つけた時に、
「あ。これやわ。」
と思って、次の日に退職届を出しました。

 

Redox.

思い切った行動に出ましたね。(笑)
地域おこし協力隊のどこに魅力を感じたのでしょうか?

 

河島 匠

地域おこし協力隊の制度は、起業にすごく適した制度なんです。
3年間、国からお金をもらって、好きなことにチャレンジできる。
さらに、家も与えられて、お金も貯めることができる。
自分が起業する際には、100万円の援助をしてもらえるんですよ。
本当に自分にとって、いいことづくしでした。
さらに、地域おこし協力隊のコミュニティがあるので、同じ考えの人たちと集まることも可能で、一気に道が開けると思って、即決しました。

 

Redox.

かなりいい条件ですね。
いきなり会社を辞めた時は、周りから何も言われませんでしたか?

 

河島 匠

特に反論はなかったですね。
両親にも
「明日から会社行くのを辞めるわ。地域おこし協力隊っていうおもろい制度でどっか行くわ。」
というと
「へぇ。ええやん。」
と言ってくれました。
父も学生が終わってから、西表島に一年間住んでいたような人だったので、
逆に背中を押してくれましたね。
父も母も、今までの自分の行いを見てくれていたのかなと思います。
友だちも応援してくれたので、自分の道を突き進もうと思いました。

 

Redox.

河島さんは、地域おこし協力隊での活動と今後のキャンプ場を設立するにあたってどう取り組んでいるのでしょうか?

 

河島 匠

まずは、地域おこし協力隊の活動で自分のことを知ってもらうことですね。
副業はオッケーなので、仕事を使って様々なイベントを作っています。
自分の知名度を上げて、あいつがキャンプ場をやるらしいよ~!!
という形が理想です。
自分の活動や考え方に共感してくれるファンを増やしたいんです。
ファンがいる人は、ラーメン屋をやろうが、パン屋をやろうが、何をやってもうまくいく
と思っているので。
まあファンと言ったら聞こえは悪いかもしれませんが、要するにキャンプ場をオープンした日に
大勢の方が来てわいわいしたいということです。(笑)

ep34-5
ep34-6small(キャンプならではの自炊をしての寝泊まり。)

目指すキャンプ場

 

Redox.

河島さんはどんなキャンプ場にしたいと考えているのでしょうか?

 

河島 匠

よくどんなキャンプ場にしたいか聞かれるのですが、
僕は、“いろんな人の夢が詰まっているキャンプ場”を作りたいと思っています。
キャンプをする人たちにはそれぞれ好みのキャンプ場があります。
だだっ広い芝生、木漏れ日が差し込む林間、トイレがきれい、すごくおしゃれなどなど。
ほとんどのキャンプ場はコンセプトが一つに絞られています。
例えば、小さい子どもがいるファミリーに適したキャンプ場。
こういうキャンプ場なら、トイレがきれいで、消灯時間が決まっていて、
バーベキューコーナーがあって…危険要素があんまりないキャンプ場ですね。
逆に大人だけだと、たき火ができるようなワイルドなキャンプ場が求められたりします。
僕は、キャンプ好きが誰でも満足できるように、一つのキャンプ場の中にいろいろなコンセプトが詰まったキャンプ場が作りたいです。
キャンプ場を作りたいっていうのは、全キャンパーの夢です。
僕のキャンプ場はその夢を形にできるキャンプ場にしたいと思っています。
区画ごとに、オーナーがいて、オーナーの意向に沿ったキャンプフィールドを作る。
例えば、オーナーのAさんは木陰が好きなので、フィールド名KOKAGEとしてみたり
芝生を植えてみたり、ハンモックをかけてみたり、直火ができるよう砂利を入れたり…
最近はやりのセルフイノベーションをした古民家でシェアハウスする。自分たちで作ったところに住む!みたいなイメージですね!
とにかく、いろんな人の夢が詰まったキャンプ場が作りたいです!

ep34-7

河島 匠

あと、もう一つはいろんな人と気兼ねなく交流できるスペースを作りたいです。
キャンプをしていると初対面の方と絶対と言ってもいいほど仲良くなるんです。(笑)
子どもが寄ってきて遊んだり、知らない方とお酒飲んだり、一緒に寝たり、と非日常の連続なんです。
人と仲良くなること。これはキャンプ場っていうフィールドが持つ魔力のおかげと僕は思っています。
キャンプは人の素顔や本質が見えるんです。
基本的に何もしないのがキャンプなので、人のことが本当によく見えます。
なので、キャンプをしながら自分と気の合う人をどんどん見つけてほしいです。
かわしまのキャンプ場で仲良くなった人と今度結婚する!なんていわれた日には涙ちょちょぎれですよ。(笑)
人と人をつなぐキャンプ場にしたいのは、学生時代の僕の趣味から来ています。

 

Redox.

具体的に、どんな趣味からでしょうか?

 

河島 匠

大学の時に、大阪の立ち飲み屋やバーに一人で行って知らないおっちゃんとよく飲んでいたんです。
趣味が一人飲みだったんです。(笑)
一人飲みといっても、必ず誰か知らない人に話しかけて、会話をするようにしていました。
まあ無意識ですけどね。
10歳以上歳が離れた人と対等な立場で話をすることができる場所なんてほとんどないんです。
会社の上司や年配の方と対等には話せないですから。
対等に話をするからこそ、恋愛、仕事の話など普段聞けないような話で盛り上がることができました。
今の僕を作っているのは、20歳そこそこの若造と対等に話をしてくれた飲み屋であったオッチャン、オバちゃん達です。
人と人が本音で語り合うような場所だったと感じていました。
自分の作り出す場には常にそういう空気が流れるように意識してきました。
それを今度はキャンプ場という形にしたいですね。ep34-8(非日常的空間で、本音で語りあえるキャンプ)

周りの支え

 

Redox.

今、河島さんはキャンプ場を作る夢に向かっていますが、やめたいと思ったことはありますか?

 

河島 匠

そこは全く思ったことはありません。
ただ、一人では絶対できないと思いますね。
今、本当に周りの人に助けてもらっています。
折れそうになったときのために、
周りの人にキャンプ場する!って言いまくって自分を追い込んでいます。(笑)

 

Redox.

キャンプ場ができたら、はじめに誰を呼びたいですか?

 

河島 匠

全員呼びます!(笑)
本当に全員呼ぶつもりですが、やっぱり応援してくれている人とか
お世話になった人とかですね!
個人的に呼びたい人に全員声をかけて、その人たちが連れてきたい人も連れてきてもらって。
とたくさんの人につながってほしいですね!
応援してくださっている方がいるので、今があると思っています。
いろんな人にキャンプ場やるって宣言してきているので、
絶対、キャンプ場を作ります。ep34-9

あとがき

子どもの頃、父の影響で休日はキャンプをしていた河島さん。
人が集まって、楽しそうに話している様子を近くで見ていた。中学、高校時代は部活に没頭していたが、大学では仲間とアウトドアにはまり、
気がつけばキャンプをすることが日課になっていた。大学卒業後はサラリーマンを経験する。
しかし、「本当に自分がしたいことをする。」と決断し、
すぐに仕事を辞めて、夢を追いかけることにした。決断と挑戦。一見簡単そうに聞こえるかもしれないが、
本当に信念を持っているから行動に移すことができると思いました。これからの河島さんのご活躍に期待しています!