今回は、上田和良さんから刺激を預かってきました。

神戸三宮にあるカフェ&バー&ギャラリー「en+(エンタス)」の店長であり、人と人の”ご縁”を足していく場所を提供している和良さん。

連日、人が自然と集まってくる雰囲気の温かいお店を
経営している和良さんから、
どういう経緯でお店を持とうと思ったのかお聞きしてきました。

そこには、和良さんが経験してきたことが繋がっていました。

上田 和良Kazuyoshi Ueda

学生時代に世界一周の船旅に出たことを転機に、上田さんは「多くの人にスポットライトをあてたい」との願いから、三ノ宮高架下のカフェバー『en+(エンタス)』を開きました。現在、『en+(エンタス)』を中心として様々な活動を行っておられます。

en+(エンタス)HP


Redox.

「en+(以下:エンタス)は、どういった経緯で立ち上げようと思ったのでしょうか?」

上田 和良

「僕が25歳の時に立ち上げました。現在は、皆さんにお店のことを聞かれたら「縁を足したいからエンタス」と説明していますが、実は、もともとそうではありませんでした。」

学生時代

上田 和良

「僕は、大学で何かしたいことがあったわけではなく、法学部に入学しました。法学部に入学したからには、司法試験の合格を目指してサブスクールのようなところに通って勉強をしていました。しかし、そこには、社会人を辞めて本気で目指している人がいたり、12時間以上勉強している人が居たりと自分と熱量が全然違っていました。

勉強は楽しかったのですが、やればやるほど壁の高さを感じ始めて「これは難しいやろな〜。」と次第に思うようになっていきました。
「就活をしないで、逃げていた」とまでは言わないですが、そもそも意志が弱くて、司法試験のために勉強していたら別に就活をしなくていいみたいな気持ちがありました。

そんな気持ちが出てきた3回生の秋くらいに学内の掲示板に『ピースボート 地球一周の旅』というポスターが貼られているのを見て、すごく衝撃が走ってしまったんです。」

Redox.

「ピースボート…。街中や居酒屋などでたまに見かけるこのポスターのことでしょうか?」

s_ep35-1

上田 和良

「はい、そうです!これを見た時は、船に興味があったわけではなく、地球一周ってできるもんなんやと思いました。それまで、海外には年に1度の頻度で行くことがあったのですが、長期間で行くことは金銭面のこともあって諦めていました。

でも、これを見た時は本当に身体中に電気が走って、すぐに休学届けを取りに行っている自分がいました。(笑)
もちろん、貯金があったわけではなく、単位も残っていたので現実問題は厳しい状況でした。
親に止めてもらおうと思って、言ってみると…

「行っておいでや。その代わり全部自己負担やで。」
と予想外の言葉が。(笑)

自己責任が何か聞くと、2つの条件を言われました。

それが、
・休学せずに、ストレートで卒業すること
・費用も全部自分で責任をもつこと でした。」

Redox.

「迷っていた和良さんの背中を押したのは、お母さんだったんですね。
そこから、その条件をクリアして参加することができたのでしょうか?」

上田 和良

「休学ができないことが条件と分かったので、3回生のときに単位を全部取りに行くことになって…
ゼミは通年じゃないとダメだったのですが、教授に相談すると…
「それを卒論に切り替えるなら良いんじゃないか。学校にいるより勉強になるんじゃない?」と言っていただき、5月の司法試験を受けずに船に乗ることを決めました。」

「物に対しての価値観」

Redox.

「条件をしっかり守っていくあたりがさすがですね。
ピースボートではどのように世界一周をしたのでしょうか?」

上田 和良

「僕が乗ったのは、北回りというクルーズだったのですが、日本から上海行って、ベトナム・シンガポールとインド洋を渡って、モルジブ・エジプト・オランダ・スペイン・ギリシャ・クロアチアとヨーロッパへ。

船自体はイギリス・オランダ周辺を移動していたので、一度スペインで降りて一週間くらいサクラダファミリアなどで過ごして…オランダでまた合流して、ノルウェー・アイルランドとフィヨルドを見て、キューバ・メキシコ・カナダ。そして、ロシアのカムチャッカ半島を経て日本に戻ってきました。」

Redox.

「本当に、言葉通り地球をぐるっと回ったんですね!
長期間、船の中で滞在したことで印象に残ったことや考えが変わったことはありましたか?」

上田 和良

「大きく分けて3つあります。1つは「物に対しての価値観」。

例えば、あるお店では500円の物が、隣の店ではが700円のようなことがあるんです。それを交渉して値切っていくのですが、最初はそれがすごく楽しくて、値下げをするのがコミュニケーションだと考えていました。価値がどんどん下がっていくってことに価値を見出していったのですが、「いくらで欲しいの?」と言われたら、10円でも欲しくなかったんです。

これがすごく大きい経験で、要は人にとって高い物や安い物といろいろありますが、自分にとってそれは欲しいのか欲しくないのかが大事だということに気づきました。「これってこういうものだよ」ではなくて、自分にとって本当に価値のあるものかどうかを決めたいなと思うようになりました。

これは”人”でも当てはまることで、たとえば、「この人は〇〇の社長さん」と肩書きですごい!となりますが、
自分にとってすごいかどうかは別の話で、自分の目で判断すればいいのではないかと気づきました。」

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(エジプト ピラミッドにて)

「計算しすぎないこと」

Redox.

「確かに、人や物の価値を自分で決めるって難しいですよね。」

上田 和良

「2つ目は「計算しすぎないこと」です。

ピースボートってほとんど船上での生活なので、景色があまり変わらないんですよ。厳密に言うと船は動いているので景色は変わっているのですが、ほぼほぼ水平線やったりするので。その景色を見ながら、気づいたら何もせずに一日過ごすことがあったんです。

それまでの自分は飲食店に行くにしても、イベント行くにしても…行ってみて、その金額に見合っているかどうかって判断するじゃないですか?どうであれ、そこで過ごすと決めて、良かったなって過ごす自分がいるなら、それでよしっていうか…
「なにかをしたら、その分の価値を得ないといけない」と思っていました。」

Redox.

「確かに時間やお金に見合うように計算していた経験はあります…もったいないと思ってしまうような気がして…」

上田 和良

「ピースボートは自分が行きたくて行ったので自己責任。

計算することが悪いとかではなく、そうじゃない自分も許してあげるということを知ると幅が広がって、ストレスも減ったんです。
計算するような考えでいると、ずっと判断する側になってどんどん目が肥えていって…

「じゃあその価値をあなたは提供できるの?」と言われたら、できないことの方が多くて。この経験から、いろんなものを主体で感じることができるようになって人や物に対して、寛容度が上がった気がします。」

ep35-3
(リビア トリポリ遺跡にて)

「がむしゃらにやり抜くこと」

Redox.

「僕の心が浄化されていっています。(笑)
もうひとつも是非お聞かせください。」

上田 和良

「3つ目は、「がむしゃらにやり抜く」ことです。

船に乗るまでは、ある物事を100点満点とすると80点を取るタイプでした。十分ラインで満足していた感じですね。ピースボートに乗ったことによって、自分は80点だともの足りないってことに気づきました。例えば、3000円のイベントに行くと3000円に見合うように楽しんでいました。

でも、それは10000円分楽しめることにもなりえるんですよね。まわりの価値観に見合っているかどうかで比較する考えが抜けました。そこで、すごく何かを楽しめる自分に正直になりました。どこまでもがむしゃらにやっている自分も悪くないなって。(笑)そういう意味で新しい自分にすごく会えましたね。」

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フリーター時代

Redox.

「旅を通じて、新しい価値観を得た和良さんは、帰ってきてからどのようになっていったのでしょうか?」

上田 和良

「帰国してからは、多世代で職種もバラバラの方たちと出会えたこともあって、何かしたい気持ちを持つようになりました。大学は条件通り卒業をして、2年間フリーターをして好きなことをしました。そのフリーター時代は本当に毎日を楽しんでいましたね。特に、コモンビートというミュージカルをやっている団体の立ち上げから携わっていきました。

ただ、楽しい思い出の中にピースボートがあったので、目の前の生活と旅の生活を比較して…
「どこどこはこうやねん。社会のシステムとしていけてないよな。」のような引き合いが生まれるようになっていきました。
それは、世界が広がったと意味では良いかもしれませんが…

「まぁ僕一周したからね?」みたいな(笑)「あの時はあんなアツかったのに今はなぁ」みたいに環境のせいにしている自分がいました。
環境が悪ければ海外に行けばいいんやけど、結局は日本を選んでいるんですよね。」

Redox.

「次第に、過去の楽しかった思い出と現実にギャップが生まれてきたんですね。」

上田 和良

「なにかやりたいことをなんでも関係なくやっていた自分の心の温度は、相手のテンションを言い訳にして、徐々に下がっていき…
でも、1回高い温度で楽しかった自分もいて、目の前の環境が自分にとって丁度いい温度であれば、自分は保つことができたかもしれません。

僕は他人に高い温度を与えるというよりも影響されやすいということを自覚していたので、影響を与えてくれる素敵な人がいる環境にいれば、自分の熱は勝手に保たれるんです。今は30歳を超えて違う温度の保ち方になっているのですが、20前半特有の、「まだなんかやっていきたい」という気持ちを保とうと思ったら、その当時のメンバーと何かをするっていうことが僕にとって一番手っ取り早かったのです。
社会をどうするかっていうことよりも誰と一緒にいるかということが大事でしたね。

それで、コモンビートっていうミュージカルをやっている団体の立ち上げから携わっていきました。その団体は東京でやっていたので毎週末夜行バスで行くことに熱を感じていましたね。(笑)「なんかあついやん自分。」みたいな。ありがたいことに僕はそれを2年間のあいだにやらせてもらって、やりきって満足することができたんです。
やりたいことを2年間していたので、「あれ?なんか会社員になりたいぞ」と思って25歳で会社員になりました。」

ep35-5
(ミュージカル団体「コモンビート」の練習風景)

会社員時代

Redox.

「自分のやりたいことをやりきって、一度会社員になったんですね。
会社員時代はどんなお仕事をされていたのでしょうか?」

上田 和良

「半年間、教材の訪問販売の会社に勤めました。家のインターフォンを鳴らして「この教材どうですか?」という訪問営業。そういうのって自分にすごく合うと思っていました。最初の頃は…今までは、「ハロー」と言うと、「ハロー」って返ってくることが当たり前だったと思っていたのですが、家に行ってインターフォンを鳴らしても無反応。窓から見ると部屋は電気が付いていて、人がいることが明らかなのですが…
「あげもんしてるから」「なんでこの場所に子どもがいるってわかったのよ」と返ってくる言葉が次第に増えていったんです。

半年間続けて、こういう行動が、嫌がられていたり、警戒されていたり、目線や言動でわかるようになっていきました。
今まで受けたことがなく、体を壊してしまいました。それから仕事が始まったら、「よしがんばろ」となるのですが体は拒否していて…
気づいたら遠回りして、逃げていた自分がいて…ようやくピンポンを押しても誰もでてこないとホッとしている自分がいました…」

Redox.

「今までにない経験から、体を壊すところまでやりきったんですね…」

上田 和良

「体を壊した時にちょうど、神戸に住んでいる母が倒れたと連絡がありました。地元に戻りたい気持ちが出てきた時に、親から
「隣のお店が空いたから、帰ってきてお店でもしたら?」と言われました。

親は20年くらい三宮でお店を持っていたんです。
もともと、お店を持ちたい気持ちはありませんでしたが、心機一転。何かしてみようと決めました。」

Redox.

「それが、エンタスの原点だったんですね!!」

上田 和良

「よく「夢をどうやって叶えたのか」とか「地道にやりたいことをどうやっていったんですか?」と聞かれるのですが、一切そういうのではなくて申し訳ないくらい、何もなかったんです。大家さんのお気遣いもあり、1ヶ月目の家賃の猶予はあったので、その間に自分はここで何をするか、何ができるかできないかを決めないといけない状況になりました。

当時は、大概のことができませんでした。びっくりするくらい。そこで、できないってことを受け入れて、人に助けていただきました。結果的に人の関わりでBarを作り今も継続することができています。」
ep35-6
(エンタスのスタッフ)

今のエンタスと未来のエンタス

Redox.

「周りを巻き込んでいったんですね!
そこから、どのように現在のスタイルになっていたのでしょうか?」

上田 和良

「お店を構えている時に、自分のやってきたことを伝えたり、知り合いを繋げたりすることで人の役に立ったことがありました。「エンタスに来てよかった。」って思ってもらえたら、それは自分の声が届いている状態であって、ずっと心の満足度は満たされている状態でもあるんです。中でも言葉に温度が乗っていること、その人が熱を持って話せるかどうか。

つまり本音で話しをすること。
自分も嘘がないようにしていこうって思います。ただでさえいいことは受け取りやすくて、伝わりやすい。でも、自分はそれをするのではなく、相手にとって良かれって思うことは、ストレートに言う。自分の思うことを押しつけたいわけじゃないんですよ。もし、聞かれたら自分はこう思うよと言うだけなんです。持って帰りたいものを持って帰ればよくて、あれ違うなって思ったらどっちでもいい。いい意味でね。

自分に対して嘘をつきたくない。そういう人間でやっていくって決めると、周りもそういう人たちが増えてきます。本音を話す人が集まるような。となると、「これがあるから助けてほしい。」「こういうことがしたい。」という話を滞りなく言えて、話が循環し始めるから、人とのつながりが生まれやすくなって、紹介もできるんですよね。

わざわざ人に紹介するくらいやから、わざわざの部分って人に求めるじゃないですか?こういう関係性が全体に広がればいいんですよ。社会人になったら全部がそうじゃないっていうのは増えてくるんですよね。そういうのに所属してなくても、本当の自分で居られるっていう場所は、逆に貴重になってくると思います。ご縁を足していくような場所を目指してエンタスになっていきました。

Redox.

「今後のエンタスはどういうお店にしていく予定でしょうか?」

上田 和良

「実はちょっと前まで、夢を描けない人間で、「こうありたいがためにこうしよう」ということをしてきていませんでした。夢を持って、エネルギーに変えられる人ってたくさんいるので、そういう意味で夢は持った方がいいですよね。

ただ、夢があることでしんどくなる人たちもいます。夢や理想はそうなってないから掲げるもので、夢があるプラス、そこに至っていない自分がセットだと思うんです。つまり、至っていないギャップがエネルギーになる人は夢がある方が良いと思いますが、そこをエネルギーに変えることができない人にとっては、夢や理想が重荷に感じてしまう。

幸せの形っていろいろあるから自分のペースで幸せになることや、幸せと感じるものが見つかったらいいなって思うし、それが許される場所を、自分で見出したらいいなって思います。社会全体がそうなるとは限らないからなったらいいなって感じです。

少なからずエンタスはそういう幸せを見出せる場所でありたいなと思っています。事業展開的にはどうしていくか分かりません。むしろどうしたらいいですかねって聞きたいくらいです。(笑)

でも10年経ったし次の宿題として、今度は自分が描ける形を次のステージにしたいと思っています。」
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(人のご縁を足していくエンタス)

あとがき

大学生時代、司法試験の勉強をしていた上田和良さんは周りの人との温度差を感じるようになっていった。

そんな時に見つけた「世界一周」と書かれた1枚のポスター。体に電気が走った感覚を親に話して、世界一周の旅へ。

今までにない経験を積み重ね、和良さんは新しい価値観を見つけていった。帰国後、やりたいことをして、社会人経験を通して…お店を持つようになり、現在では、人のご縁を繋いでいくカフェ・Bar「en+(エンタス)」の店長になった。

人生で得た経験や価値観を前向きに足していくことが、新しい第一歩に繋がっていくと改めて思いました。

優しいオーラがにじみ出ている上田和良さんのご活躍に期待しています!