今回は、主に関西を拠点に活動しているガールズバンド「THE TOMBOYS」のみなさんから刺激を預かってきました。

中学時代、「何かしたい」と思っていたときに、偶然が重なりバンドが結成された。
しかし、「やりたいこと」が「できる」状況ではなかった。

そんな状況をどうやって乗り越えてきたのだろうか。
また、ここまでバンドを続けてこれた理由とは?

そこには、彼女たちのロックがありました。

ポップでキュートな彼女たちの素顔に迫るロングインタビューです!

THE TOMBOYSトムボーイズ

何か熱いものを求めてずっとドキドキする鼓動を忘れずにステージに立ち続けたいというモットーのもとに集いし女子4人組バンド!
詳しいプロフィールはこちら!↓
THE TOMBOYS


自己紹介

中川
「まず、インタビューの前に簡単な自己紹介をお願いします!」
 

のん
「ドラムの『のん』です。今みんな19歳です!」
 

ワカナ
「ベースのGGワカナです!」
ヒナ
「ボーカルのタバタヒナです!」

マドカ
「ギターの和木マドカです!
私たちの結成は2011年です!同じ中高一貫の女子校出身です!」

(以下、彼女たちの自然体をありのままに伝えるために会話に出てくる呼び名はそのままにしています。)

episode361
(左から、のんさんGGワカナさんタバタヒナさんマドカさん

バンド結成の経緯

中川
「同じ学校だったんですね!どういう経緯で結成されたのでしょうか?」
 

ワカナ
「私たち中学1年生が全員同じクラスだったんです。
ギターをやっていたのがヒナで、私はピアノをやっていました。
廊下で、マドカとヒナとのんさんが「バンドやりたいな〜」と話をしているところに、「私もやりたいねんけど…」と入っていった感じです。」ヒナ
「私は、もともと母の影響で、小さい頃からバンドを聴いていました。
小学生の時は、母にエレファントカシマシやザ50回転ズのライブに連れて行ってもらっていました。
ライブに行くことで、こういうことに関わりたい気持ちが芽生えていき、バンドを始めたいなと思うようになっていました。」

のん
「あんま記憶にないですね。(笑)」

マドカ
「私は、みんなと違って音楽とはそんなに縁がありませんでした。
何か習い事をしてたわけでもなかったので…
中学の時は、ソフトボール部に入っていたものの、真剣に取組んでいる部活ではなくて…
「何かを本気でやりたい」と思っていて、そんな時に当時いとこがバンドをやっていたので、その影響でバンドをしてみたいと思うようになっていました。それで、たまたま廊下で話しをしているのを見て、声をかけたんです。(笑)」

中川
「偶然が重なったんですね。(笑)
バンドをやるまではみんな違う部活に入っていたのでしょうか?」

のん
「私は、吹奏楽部で、トランペットを吹いていました。」

ワカナ
「小学校のときにやりたかったダンス部です。(笑)」

ヒナ
「茶道部です。(笑)お菓子目当てに。(笑)」

マドカ
「バンドやってなかったら一生交わらない存在でしたね。(笑)」

ep36pt1-2
(高校時代の写真)

軽音同好会を作る

中川
「バンドでつながりが深まったんですね。(笑)
バンドを作って、それぞれ入っていた部活を辞めて、軽音部に入部したのでしょうか?」
 

マドカ
「実は、当時中学に軽音部がなかったんです。
なので練習場所がないという問題にぶつかりました。
バンドを組んだものの、練習ができないと思って…
そこで、「じゃあ、軽音部を作ろう」ってなりました。(笑)
まずどうやったら部活つくれますか?から始まって、顧問になってください的な流れを学校中の先生に聞き回りました。」のん
「ただ、簡単に部活を作ることができませんでした…
顧問についてくださる先生がいないと部活を作ることができないのですが、どの先生も顧問になってくれなくて…
学校中の先生に頼みに行きました。
教頭先生や校長先生にも行きましたね。(笑)」

マドカ
「断られまくって、怒られましたね。(笑)
「そんなものしなくてもよろしい。他に何かすることないの?」みたいな」

のん
「そうそう。
先生たちの中に、なんかバンドに対する偏見があったみたいで”バンド=不良”みたいな(笑)」

ヒナ
「でもみんな辞めようとは思ってなかったので
「できる」と思い込んでいて、逆に燃えていました。」

のん
「日本人の先生に全員当たってダメだったので、外国人の先生にあたったんです。
その先生も違うクラブの顧問をやっていて、
1回断られたんですが、「この人しかおらん!」と思って再度アプローチしたんです。」

ワカナ
「なんか職員室の前で頼み込んだ記憶ある(笑)」

マドカ
「こっちは片言の英語で、むこうも片言の日本語やから
今考えたらすごい光景ですね。(笑)
とにかく、必死でした。
じゃあ僕が、バンド的な力にはなれないけど、顧問になって、立ち上げはするよって。
そしてついに、軽音同好会を作ることができたんです!(笑)」

ヒナ
「お願いしている時の流れで、
顧問の外国人の先生に「What’s your band name?」
と聞かれた時に、バンド名が決まってなかったので、
「No Name」って答えました。
妙にしっくりきたのでそのままバンド名にしちゃいました。」

ep36pt1-3

 

担当パートを決める

中川
「初めの、”No Name”というバンド名はそこから来ていたのですね。(笑)」
のん
「喜んでいたのも束の間でした…
同好会として活動をすることができたにも関わらず、練習する場所がなかったんです。
結局、高校の部活と一緒に使わせてもらうになったのですが、
その場所が…音楽室の備品置き場でした。(笑)
しかも、吹奏楽部のお下がりみたいなんで
めっちゃぼろぼろで、錆びているし、シンバルこわれているし…」

ワカナ
「ただ、そんな場所だったんですが、
「やったーできる!」という気持ちの方が大きかったですね。(笑)」

マドカ
「周りとか見えてなかったな。(笑)まっしぐらみたいな
ここが今日からわたしたちの場所って感じでした!
最初はバンド活動ができればなんでもよかったんです。
目標もなくて、徐々にみんな弾けるようになって、一曲弾けることが楽しいみたいな感じですね」

中川
「念願の練習場所を確保して、バンド結成が実ったんですね!
今の担当パートはどのように決めたのでしょうか?」

 

ワカナ
「ピアノをやっていたので、「キーボードやる?」って話になっていたんですけど
気が付いたらベースになっていました。
ベース担当が空いていたことが大きな理由ですが…(笑)
実際、やり始めるとハマっていった感じです。」

マドカ
「最初はみんなを説得してとかじゃなくて、なんかやりたい?みたいな感じでしたね。
私はギターやりたくてバンド始めたので、ギター担当でした。
実のところ…結成当初は今と違って6人編成だったんです。ボーカルが他に2人いたんですけど、順にやめてしまいまして…
残ったのがボーカルなしの4人。結局カラオケでも一番うまいってことでひいちゃんがボーカルになりました。
ただ、ひいちゃんは人見知りがすごいんです。(笑)
初めて会った時は全然喋らないですし、声もちっちゃいし、なにゆーてるか分からなかったんです。(笑)」

ヒナ
「正直、人の前に立つことが苦手でした。(笑)
授業でも手を挙げることなんて無理なくらいです。
人前で歌うなんて尚更きついですよね。
ボーカルに対して、憧れがあったわけでもなく、バンドを見ることが好きでした。
正直ギターだけを弾きたかったんです。単純に。
今はギター弾くのを忘れるくらい歌うことに真剣になっていますが。(笑)」

のん
「最初、ほんまに機嫌悪かったんですよ(笑)」

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(高校卒業後に訪れた部室)

初ステージは文化祭 

中川
「意外ですね。(笑)ボーカルから決まりそうなので…
役割分担ができて、初めて弾いた曲は覚えていますか?」
のん
「SCANDALの”DOOL”という曲です!」

一同
「懐かしい。でもめちゃ下手くそやったな。(笑)」

ワカナ
「ガールズバンドで初めてやるということで、SCANDALの曲でしたね。
中2の9月に「文化祭に出てみよう」と目標を立てたんです。
思い立ったのが文化祭の3週間前で、演奏できるレベルではなかったのですが。(笑)
とにかく「本番はハッチャケようぜ!」みたいな感じで練習しました。」

中川
「本当に、思い立ったら行動するんですね。(笑)
初ステージはどうでした?」

ヒナ
「めっちゃ下手だったんですけど、自分たちの中では、やってやった感がありましたね。
私は満足していました。(笑)」

のん
「そうそう。
ただ、大きなステージではなかったので人が全然集まらなかったんですよ。
そもそも、バンドをしていること自体が知られていなかったんです。
だから、「来年は絶対にいっぱいの人に見てもらえるほうのステージに出たい」と思いました。
そのときに来年は野外ステージか、人がおる時間帯にいれてほしいっていうのはありました。」

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(年次が上がる度に観客の声援が増えていった。)

ライブハウスのトラウマ

中川
「気持ちでは満足していながら、すぐに次の目標を立てたんですね。」
ヒナ
「文化祭が終わってすぐにマドカがチラシを持ってきて「ライブハウスにでてみーひん?」って言ってきたんです。(笑)
好奇心旺盛っていうか。
こういうきっかけを持ってきてくれるのが、いつもマドカなんです。
コピーバンドもオッケーと書いてあって、年齢層が明らかに上のイベントだったんですが、「行ってみようや」ってなったんです。」

のん
「懐かしい。
「へぇこんなとこあるんや」って感じで、みんなめっちゃ乗り気でした。
「出よ出よ!」みたいな。(笑)」

中川
「それが、初めてのライブハウスだったってことですか?」

一同
「そうですね。(笑)最年少でした。(笑)」

中川
「中学生で、大人がいるライブハウスに参加してみてどうでしたか?」

ヒナ
「はじめは別に怖いとか緊張などの不安はありませんでした。
とにかくステージに立てるのが嬉しいみたいな」

ワカナ
「いけるやろ?みたいな感じ」

マドカ
「根拠のない自信(笑)
いろいろ知らなかったから、無敵だったんです。」

のん
「まわりはほとんで大人で、たまにメンバーのなかに高校生おるみたいな
たぶんみんな大学生でした。
出演していたバンドの人たちが、私ら初めてのライブハウスってこともあって、盛り上げようとしてくださったんですが…」

マドカ
「ただ、それがめっちゃ怖かったんです(笑)
パジャマを着た人が酔っ払って、お酒を振り回していたんです…
今考えたら、盛り上げようとしてくださったんだと思いますが、当時の私たちにとっては衝撃でした。」

のん
「そのとき怖すぎて、一生ライブハウスには出ないってなりましたね。(笑)
怖くて泣いちゃいました。」

マドカ
「ドラムやからいっちゃん遠いのに(笑)」

ワカナ
「私も泣きました。いろいろ初めてすぎて。
でも友達がきてくれて感動したっていうのもありますけど…」

一同
「なにそれ!? 知らんかった笑」

のん
「最後にそこのライブハウスの人に
「そんなに怖い場所じゃないから、また出てね」って言われて
私、単純なんで、「普段はそういう場所じゃないんやってまた出たいと思いました。」

一同
「あほやな(笑)」

ヒナ
「ライブ終わってから、「その日どのバンドが一番良かったか」、お客さん投票があって、
まさかの賞もらいました。
そのライブがきっかけでバンドを成長させていきたいと思いました。」

ep36pt1-6
(現在は、ライブハウスでは圧巻の演奏をしている)

コンテストで賞を獲得

中川
「場数を踏んで行ったんですね。そこからメンバーの意識は変わっていたのでしょうか?」
マドカ
「ライブハウスをきっかけに、だんだん自分たちのこれからを本気で考えるようになっていきました。
やっと周りが見えてきたというか。
メンバー同士が何か言ったのではなく、自然とそういう雰囲気になっていました。」

ヒナ
「そのタイミングで、SCANDALのコピーバンドコンテストに出てみようとなりました。
SCANDALが主催で、全国からSCANDALのコピーバンドが集まる大会です。
まずデモテープを送って、1次2次と審査があり決勝に行ける流れです。
それにSCANDALのメンバーに会えるので、その目標を立てて練習していきました。
で、ファイナルまでいったんですよ!」

ワカナ
「ほんとは一曲をやらないといけないんですけど
全曲好きだったので、メドレーみたいにしたんです。
それが功を奏して、結果的にのんがドラム賞を獲得したんです!
学校でも表彰されました。
でも実は部室という名の倉庫でも問題があって、窓際だったので、近隣の方から苦情が来ていたんです。
学校側に苦情が来るので、先生たちに「音量を下げろ」って何回も怒られました。(笑)
けっこう嫌われ者で。
ただ、この大会を境に徐々に学校でも認められ、急に先生たちが少しずつ私たちのことを褒めて来たんです。」

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SCANDAL コピーバンド大会。
毎年平均600組以上の応募があり決勝に残るのは、たったの8組。
2011年大会で、ドラム賞を受賞。
2013年大会で、審査特別賞、ボーカル賞を受賞。

1年間の語学留学

中川
「結果を残して、認めてもらうようになっていったんですね。
高校生になっても続けていこうってなったのですか?」
マドカ
「中3の1月から、高1の12月まで、1年間留学行くことになったんです。
これは、学校のカリキュラムの一環です。
みんな同じニュージーランドだったのですが、生活していたところはバラバラでした。」

ワカナ
「そこで、留学中はバンド休止です。
正直、「このまま解散になるのかな?」って思っていたのですが、
中学生で0から作り上げ、結果も残せてきたところだったので続けようっていう熱がさらに上がっていました。
「早く帰って、早くライブしたい」って(笑)。」

中川
「留学で環境が変わり「バンドはもういいかな」って思いましたか?」

一同
「留学中は全くなかったです。再結成する気満々でしたね。
次いつライブする?みたいな感じでした。」

のん
「帰国してみんなで集まったときは嬉しくて嬉しくて。
高2になる前の3月でライブ活動を再スタートしました。
なんかその頃にはもっと上にいきたいって思うようになっていました。」

ヒナ
「ライブをいっぱいしたいって。
そこから、私たちの活動はライブハウスがメインになっていきました。
ただ、コピーバンドだと出ることができるイベントが限られていて、
これからも続けるのであれば、”オリジナル曲”を作る必要がありました。
次は、コピーだけじゃあかんってなって思うようになっていったんです。」

マドカ
「みんな薄々オリジナル曲がいるっていう話しをしていて、
「自分らで作る方法しらんしどーする?」ってなったときに
みんな共通してゴイステ(GOING STEADY)が好きで、こういう曲が作れたらなって。
そういうイメージができてきたんです。」

ヒナ
「作ってみたら、最初もそんな苦しまなかった笑」

のん
「苦しむより楽しんでいました。(笑)」

ワカナ
「そうそう。苦しむのも楽しいみたいな」

中川
「どうやってオリジナル曲を作っているのでしょうか?」

ヒナ
「いつもそうなんですけど、思いついた曲を鼻歌で歌い、
「これええやん」ってなって…
それを携帯のボイスレコーダーで録って、それをみんなに聴かせて…」

のん
「で、良い!みたいなメロディーからはいる感じですね! 初めての曲は、ひいちゃんの作った曲に、わたしが勝手に歌詞書いていって、 完成みたいな。それが “青い春”です。」

ep36pt1-8
(初めて完成したオリジナル曲“青い春”)

オリジナルCDを作成

中川
「その名の通り、青春ですね!」
マドカ
「オリジナル曲ができたので、次はCDを作ることが目標となりました。
オリジナルが完成したことで、ライブハウスに行ける機会が増えて、月2,3回はライブハウスでライブをさせていただきました。
そんな時に、神戸のVARIT.の店長とご縁があってレコーディングさせていただくことになったんです!」

中川
「実力はもちろんですが、すごい縁を引き寄せましたね!」

マドカ
「CD化のお声がけを頂いた時は素直に嬉しかったです。
中学生から私たちはずっとずっと一緒で、
レコーディングもその4人で、弾いて、録音する形にしていただけました。
なので、普段の4人の演奏の延長って感じでした。」

ワカナ
「一般的には、パートに分かれて録音するみたいですが、わたしたちは一発録りでした。
1人でやると楽しさがなくなってしまうので、私たちのうるささを出すためにも一緒に録音の方が合っているみたいです。(笑)
1回個別で録ったんですが、みんないつもの感じでできなくて涙目になっちゃいましたね。(笑)」

ヒナ
「私たちの原動力が「楽しいことをする」ことなので、演奏もみんなでやらないといいところが出ないみたいです。」

一同
「個別録りは全然楽しくなかったな(笑)」

のん
「やっぱわーわー言いながらのほうが向いてるんやなって
改めて気付きました。
そこから、ライブハウスのイベントでは自分らの曲を披露するようになっていきました」

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(2015年に発売した1stミニアルバム”in my mind”リリース時)

バンド解散の危機

中川
「CDも出して、ライブもして…と高校生活で貴重な体験を積み重ね、高校を卒業しても続けて行こうとなっていったのでしょうか?」
ヒナ
「大学を卒業することがバンドを続けるための条件というか約束だったので、大学に通いながらバンドを一生懸命やろうという結論になりました。」マドカ
「メンバーできちんと考えて、いつ休むかを決めていきました。
高3の時に、自分たちの気持ちを1回ストップしようと思い、夏の東京でのライブを機に活動を休止しました。」

中川
「大きな分岐点をみんなで話しあって決めるんですね。
では、ちょっと本心を聞いてみたいので、皆さん目を瞑ってもらっていいですか?
では、質問です。
「今までバンド以外にも、別のことをやりたいと思ったことはありますか?」

ep36pt1-10
中川
「笑。その中でも本気でバンドを辞めようと思ったことがある人はいますか?」

ep36pt1-11

中川
「え!!!!!」

ep36pt1-12
続く