今回は、アグレッシブインラインスケートの世界王者、安床エイトさんから刺激をいただきました。12歳で世界大会に出場してから、現在までのワールドツアーを合わせると通算45勝。
また、3度の年間総合王者に輝いた現役チャンピオンであるエイトさん。そんな方が、「実は、僕はスポーツが得意じゃないんです。」と発言した。なぜ、世界チャンピオンになることができたのでしょうか?
また、どのようにして現在のパフォーマンスを維持しているのでしょうか?

そこには、安床エイトさんの熱い考えがありました。

安床 エイトYasutoko Eito

インラインスケートのハーフパイプ競技において「絶対王者」の安床ブラザーズの兄・エイト。
3度の”X Games”優勝経験をはじめ、100戦以上で上位入賞を果たし”ASA World Pro Tour”年間ランキングの優勝経験を持つ現役世界チャンピオン。
アスリート、パフォーマー、スタント、コーチとして活躍の場を広げ続けている。

Eito Yasutoko


まずは、こちらをご覧ください。

 

スケートを履いたきっかけ

Redox.

「インラインスケートをはじめたきっかけはなんでしょうか?」

安床エイト

「両親の影響が大きかったですね。
ローラースケートを履いてダンスをする、ローラーディスコというジャンルのプロ選手でした。
2歳半には、ローラースケートを履くようになりました。
「やりたい!」って言った記憶はないですね。(笑)
ちょうど、そのころにインラインスケートが日本に入ってきて、結果的にはインラインスケートを履くようになりました。
僕と弟の武士は、インラインスケート。両親はローラースケート。って感じですね。」

Redox.

「インラインスケートとローラースケートの違いを教えていただいていいでしょうか?」

安床エイト

「インラインはバイクみたいに、タイヤが縦一列に4つ並んでいて、
ローラースケートは、車みたいに、タイヤが前に2つ後ろに2つ並んでいいます。
テクニック的には似ているのですが、タイヤの働き方が違います。
インラインはスピードが速い分小回りが利きにくく、ローラースケートはスピードが遅い分、小回りが利くことが特徴になります。」

ep37-1
(2歳半でスケートを履いたエイトさん)

ショーから競技へ

Redox.

「小さいころから、インラインスケートを始めて、他のスポーツには興味を持つことはなかったのでしょうか?」

安床エイト

「他のスポーツとの出会いはスケートを通じてたくさんありました。 スケートを履いて滑る競技が基本的に軸になりました。 スラロームという競技や、インラインスピードやインラインホッケー…とインラインを軸として様々なスポーツをしてみました。 で、両親のローラーディスコのショーに、ハーフパイプを加えてみようという父の一言から、ハーフパイプショーに向けて練習するようになりました。 それが、僕が8歳で弟が5歳くらい。 もちろん僕らだけがメインじゃないですよ?(笑) 大人の先輩たちがチームグットスケートというチームで、ハーフパイプショーをやることになったので、僕らは、子役っていうかおまけみたいな感じです(笑) ショーは点数がつく競技ではなく、観客の方に楽しんでもらえる大道芸みたいな感じです。 当時は単純に、おぉとか言われるのが嬉しかったのかもしれない。 で、その延長で、ハーフパイプ競技っていう言葉が入ってきて、ショーから競技志向に変わっていきました。」

Redox.

「はじめは、競技ではなくショーからハーフパイプを始めていったんですね。
ショーと競技ではガラリとやることが変わりましたか?」

安床エイト

「今までのショーでは自分の役割は決まっていて、「これくらいでいいだろう」と枠がありました。
競技は、1対1で勝敗がつくので、無限に可能性が広がりましたね。
自分の頑張り次第では、上位にいけるし
ある意味フリーになるので、もっと死ぬ気で練習しないとなっていうことで
滑る量も、内容も、一生懸命さもガラリと変わりました。
やっていることはローラースケートの延長線上なんですけどね。」

ep37-2
(ショーから競技へと移っていく)

ストイックな練習

Redox.

「どのようにして練習に取り組んでいたのでしょうか?」

安床エイト

「当時はハーフパイプ自体が、まともなものが日本になくて、オリジナルで作るしかありませんでした。
学校を休んで、徹夜でネジを打っていました。今考えたら訳分からないですが…(笑)
ハーフパイプの上で、おにぎりかじりながら、練習して、疲れたらもうそこで寝て、みたいな。
小学校高学年くらいから、そういう練習が始まりましたね。
時間が足りないんですよ。
練習しないと追いつかないみたいな。
とうのも、ハーフパイプで世界のトップの人たちのビデオを取り寄せて見てみたんですよ。
そしたら世界の選手のパフォーマンスが、衝撃的だったんです。
「こんな技を僕もやってみたい」と思いました。
そう考えると、時間が全然足りませんでした。
「どうやったら、この技ができるのだろうか」と何回もビデオをスローモーション再生して技を研究しました。
やり方なんて教えてくれないので。(笑)
普通に週に何回とかのレベルじゃ、とてもじゃないけどそういう選手にはたどり着けなくて…
それはやっぱり子供でもわかるんですよ。「このままじゃできない」ともう本気でしたね。」

Redox.

「かなりストイックに練習したように思えるのですが、なぜそこまで練習をしようと思っていたのでしょうか?」

安床エイト

「僕が12歳で、弟が9歳のときに、ロサンゼルスの世界大会に出場したことが大きな分岐点でした。
初めての世界大会は、ビデオで見ていた憧れの選手がポンポンと来ているんですよ。
子どもの部や大人の部というのはなくて全部一緒なので、憧れの選手と同じ大会で一緒に争うのです。
それぞれライバルなんですけど、集まって話している画を今でも覚えていて、
「あの輪に入りたいな」と思いました。
相手にされたいなっていう。
最初はおそらくアジアから2人の子どもが来ているなという感じでした。
「そこから、彼らと対等に争いたい」
それが僕の中ではモチベーションになりました。」

ep37-3

諦めと憧れの狭間

Redox.

「大会に出場して、レベルの差を感じましたか?」

安床エイト

「もちろん感じましたね。
一応、僕たちは日本では大人に混じって、優勝争いをするレベルであったので…
今思い返すと、12歳って諦めと憧れの狭間でした。
プロを目指すかどうかという。
だから、もしあのとき1年遅れていれば、僕は今ここにいないと思います。
あのときに、あの輪に入りたいなという気持ちがちょっと勝ったから、なんとか続けることができたと思います。
そこから何年かは、夏休みの期間の約1ヶ月間アメリカに滞在しました。
その間に、2,3戦あって、プロツアーに出場して、また日本に帰ってくる。
そういうことを3年続けていました。
その1カ月間で凹んだら、1年中凹みっぱなしなんですよ。(笑)
「あれやっとけばよかったな、あれ成功しなかったな。」という後悔が1年中続くんですよ。
それはただ自分の中でモチベーションに変えて練習して次の夏にまた挑むわけですよ。1カ月間。
そういう生活をしながらヨーロッパでも試合があるということを聞き付け、徐々に試合数が増えていきました。」ep37-4
(悔しさをバネに練習に励み、大会に出場していく)

世界最高峰の舞台で優勝

Redox.

「何度も、悔しさをばねにして続けていったのですね。
エイトさんにとって、一番印象に残った大会はありますか?」

安床エイト

「1番大きな出来事は、99年の「X Games」という大会で優勝したことです。
実は、大会の前に怪我をしてしまい、4ヶ月間滑れていなかったんです。
ケガしたことによって恐怖心が出てきますよね。特に怪我した技に対しては。
でも、動けない時間に感情がコロコロ変わってくるんですよ。
「早く滑りたいなー」とか「大会でみんなとわーわー言いたいなぁ」とか
それがエネルギーになって、ちょうどいい具合でケガも治ったんです。
でも本番まで調整の時間がないし、普通の調整じゃなくてリハビリも入っていて
「これは無理だな」と思いつつも、出場権はあるので、「出場しよか」みたいなテンションでした。
もう思う存分のびのび滑ったら、優勝することができたんです。
あれは今見てもいい滑りでしたね。
当時は世界トップ5くらいには入っていたので、逆に変な力が入ってしまうんですよ。
勝てるかもしれへんという。
どんだけ、今日いい滑りできたって思っていても優勝できないっていうあと一歩までのところをなん戦も経験するんですよ。
そうなると自分の中でアジア人は勝てないんじゃないか、っていう変な疑いが出てくるんですよ
客観的に見ても接戦なんですけど、結局アメリカ人が勝つみたいな。
どこまでいっても無理なんやろなと諦めもありながらのその試合になって
勝ち負けどうでもいいから、楽しもうってのびのび滑れて、それで優勝できた感じです。
余談ですが、松葉杖ついてギブスをして中学の卒業式に出ました。
将来の不安もありましたが、この「X Games」でアスリートになることに確信を持てました。」ep37-5
(安床ブラザーズがX Gamesで圧倒的な存在を確立)

Redox.

「怪我をしたり、結果が出なかったりして、辞めたいと思ったことはありますか?」

安床エイト

「ほとんどないですね(笑)技術を上げることには怪我も付き物でした。
なかでも10年前、大会で転倒し脊髄を圧迫して首から下が動かなくなる怪我をしたことは忘れることができません。
試合では30秒しかないので、ワザばっかりなんですよ。その数19個。
そのタイミングで危ない技をやって、疲れもあって頭から落ちてしまいました。
すぐアメリカで入院して、三日間ほとんど動けず。
首から下が麻痺した状態です。
そこから感覚がもどって、車椅子で日本に帰ってきて
病院をめぐって、「ほとんどスケートなんてできないよ」って言われて…
10軒以上病院を回って、最後の先生だけが仕事ということを理解していただき、治療していただきました。
手術もせずにここまで戻ったんですよ。
でも最初は、底の底まで落ちましたよ。
暗闇でした。
今でも朝起きて、動くか確認するんですよ。その時の恐怖がずっと残っています。
結果がでない挫折というのは、マイナスなイメージがあるかもしれませんが、
挫折という経験も、また貴重な体験なんですよ。
次なにかやるときに、どう活かすかっていうのが大事で、次の目標を立てることができました。
それに、弟の存在も大きかったですね。」

Redox.

「エイトさんにとって弟さんはどんな存在ですか?」

安床エイト

「今となってはパートナーですね。
競技やっている以上、喧嘩はないです。
でも気持ち的には戦っているので、スケートを履くとある意味喧嘩状態ですね。(笑)
ライバルみたいな感じ
今でも、お互い勝ち負けをやってきているので。
励まし合い、みたいなのはないですね。
どっちかというとプレーで引っ張っていく感じです。
片方が調子悪くても、片方がいいプレーをしたら、落ち込んでいる場合じゃなくて、
トレーニングを増やそうとかそういう考えになります。
そうやってお互い調整しながらやっています。」

ep37-6
(安床ブラザーズの阿吽の呼吸が人々を魅了する)

子どもたちに伝える想い

Redox.

「現在、子どもたちのためのスクールをしているのはなぜでしょうか?」

安床エイト

「もともとのきっかけは、自分の2人の子どもの存在ですね。
上の子が2歳の時にスケートを履かせたんです。
でも、自分の子どもになると厳しくなるんですよ。
やっぱりそういうことをしていると、楽しくなくなるんですね。
なので、違う方向にもっていくために、いろんな道具を使って教え始めると楽しくなってきました。ボールやパトロンを使ったり、トンネルを作ったりして…
よく「息子さんを世界チャンピオンにしたいのですか?」と聞かれますが、そういうわけじゃないです。
インラインスケートって体幹を鍛えることができるんです。
そこから、子どものスクールも、プロを目指すという路線をやめて
サッカーをやっていたり、野球をやっていたりしている人にもできるようにしたんです。
オフトレとして。
それは今年になって思いました
この教室は今年から始まったもので、そこに共感してくれるお父さんお母さんがいらっしゃる状態です。」ep37-7

Redox.

「プロを目指す人のためだけではなく、子どもの体づくりをサポートする感じですね。」

安床エイト

「そうですね。あともう一つ理由があります。 それは、自分に自信がない子どもが多いんですよ。 最近の子どもは、「○○できる人〜??」と聞くと、真っ先に「無理!」と答えるんです。 そういう子どもたちに自信をつけてほしいと思っています。 例えば、ジャンプができたら、「ジャンプできた!」と喜んで、自信になっていくんですよ。 ちょっとしたことでも良いんです。 自信を与えることに、お手伝いできたらなと そこに自分が何が出来るかというと、スケートしかないので、スケートを通じてのフォローならできると思うんです。」

ep37-8

Redox.

「なぜ、そこまで子どもたちに対してそう思うのでしょうか?」

安床エイト

「実は、僕はスポーツが得意じゃないんです。
逆に、弟は得意で、小さい頃からぼくは怒られるタイプでした。
「弟はできているのに、エイトはなんでできひんねん!」というのが毎日続きました。
なので、僕は自信がありませんでした。
でも、小学校5・6年の時に急に開き直ったんです。
苦手や不器用というのを、1回受け入れて不器用なりのやり方を作ろうと思いました。
練習方法をまずノートに書いて、実際に体を動かす。
どうやったら動かせるのかを段階的にやってみました。
一個の技の設計図が全部あるんで。
それから一つ一つ自分ができることをして、自信をつけていったんです。
僕の特徴はオリジナル技が世界で一番多いんですよ。それもそういうとこから始まっています。」

ep37-9
(設計図の写真。ノートに手書きで記入してオリジナルの技を見つけている。)

エイトさんの夢

Redox.

「最後にエイトさんはこれからもインラインスケートを続けていきますか?」

安床エイト

「やっていきますね。
その年代年代で、自分の体と向き合って追求していくと思います。
そのときの年齢でできる形で。
競技者が1人もいなくて、地球上に自分しかいないってなっても滑っていますね。(笑)
誰もやってないからやめようとかじゃなくて。
これからは、どこまで自分の体を極めていくかっていうところの戦いだと思います。
でもちょっと怖いのは、どこまでいっても満足することがないんじゃないかなって分かっています。
どこまでいっても、もうちょっとやったな〜って死んでいきそうな。
今でも目線や腕の動きひとつで、ガラッとスケーティングのバランスが変わるんですよ
その難しさと面白さと奥深さは感じています。
自分では、まだまだ伸びています。
5年前の滑りを見ると、荒いなぁって思いますよ。
理想の形がないんですけど、どこまでそれに近づいていけるか。しかも力をぬいて。
今までがむしゃらにやってきたことを、ちょっと力をぬいてテンションを落として、できるように。
それが結果として安全につながるので。
それをいまやっておけば、40・50代で、まだあんなんできんの?っていうレベルに持っていけるんじゃないかなっていう予想です。
自分の中ではたいしたことやってなくても。」

ep37-10
今年からインストラクターとして神戸にある施設「”g”スケートパーク」を拠点にスクールを定期的に行っている。 インラインスケートを用いた女性向けの運動「ロールエクササイズ」や身体に豊富な運動を経験させる「インラインスケート運動」は体幹(コア)トレーニングとバランストレーニングが同時に楽しく行える。


ASC運動教室

ep37-11

 

あとがき

物心がついたときには、ローラースケートを履いていたエイトさん。

両親の影響もあったものの、インラインスケートの世界に入り込んでいく。

並外れた練習をしていき、世界王者まで上り詰めた。

そんなエイトさんが口にした「スポーツが得意ではない。」という一言。

自分ができることを一つずつクリアしてき、有言実行を果たし、自信をつけていった。

努力と自信。

一歩踏み出し、自分が輝く場所を見つけていきたいと思いました。

これからも、安床エイトさんのご活躍に期待しています!!