今回は、都内を拠点に全国各地でライブ活動を行っている
うどんシンガーの石居 直さんから刺激をいただきました。

「うどんシンガーって何?」

そう思った人は少なくはないと思います。

ふるさとや家族をテーマに歌を歌っている石居直さんは、
なぜ、うどんシンガーになったのでしょうか?

そこには、様々な経験を通して芽生えた、石居直さんの想いがありました。

石居 直Nao Ishii

香川県出身。香川県の魅力を全国の人に知ってもらうべく、さぬきうどんPRをしながら都内を中心に各地で歌手活動中。
楽曲は『家族のうた』をテーマに作詞、作曲。「想いを伝える」を軸に各方面で活動中

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子どものころの夢

Redox.

いつから、歌手になる夢を持っていたのでしょうか?

石居直

シンガーになることは、小さい頃からの漠然とした夢でした。
小学生のときに、当時“SPEED”が流行っていて、
次第に、歌の世界に興味を持つようになっていきました。
SPEEDが沖縄出身なので、沖縄のアフターズスクールに行きたい、と両親に言うようになったのが、小学4年生の時ですね。
ちょうど、ストリートダンスブームが来て、地元香川でもダンススタジオが出来始めました。
とにかく、音楽関係に関わりたいと思ったので、スタジオに通わせてもらいました。
やっていくうちに、もっとうまくなりたいという思いが強くなっていき、
両親にお願いして、高校で音楽の専門学校に行くことになりました。
15歳で人生の大きな分岐点だったと今でも思います。

Redox.

なぜ、大阪だったのでしょうか?

石居直

私が生まれた場所は、まさに”THE 田舎”。
田んぼが広がり、コンビニもない。
思春期を迎える年齢になり、流行りの服も遊ぶ所もない…
そんな田舎が大嫌いでした。
「早く大人になり、ここを出たい!」って思っていました。(笑)
当時、香川から大阪へよく遊びに行っていたこともあり、中学生の私にとって、楽しくて何でもある憧れの場所でしたね。

ep39-1

 

15歳で大阪一人暮らし

Redox.

環境が大きく変わったと思うのですが、大阪での生活はどうでしたか?

石居直

まず、専門学校の人たちは、いろんなところから集まってきていて、みんな個性があるなと感じました。
同時に、ここで、埋もれないように自分も必死でやろうと思いました。
親元を離れて暮らす寂しさを紛らわすためにということもありました。
一般的な高校生活とはきっとかなり違った環境は、刺激的でした。
高校では、ダンス科、ボーカル科、ギター科、ドラム科…のように学科が分かれていて、ダンスをやっていたことからダンス科に入学しました。
基本的には、ダンスを中心とした日々を過ごしていました。
ちょうど、1年が終わるころに、それぞれの学科の人たちが1年間の成果を発表する会がありました。
そこで、学科関係なく自由に発表できる時間があり、チームを組んでキューティーハニーを踊ることに。
ただ、チームを組んだものの「ボーカルがいない!」ということに気づいて、流れで私が歌うことになりました。
大勢の人前で歌を歌うことが初めてで、恥ずかしさと緊張の中で新たな感情が生まれました。

Redox.

実際に、歌を披露したときのことを覚えていますか?

石居直

「それまでダンスという自分の体を使って表現することに対して、とても心地よさを感じていました。
でも、どこかで出し切れていない自分自身も感じていました。
はじめて歌を歌った時に、どこか恥ずかしいけれど、自分自身を表現するような広がりを感じました。
私は、もともと無口で、人と話すことが苦手なのですが、
歌を通して言葉を発したときに、感情をうまく乗せることができた気がしましたね。
自分の口から出る言葉たちはまるで、私自身の言葉かのようで。
ダンスでは表現しきれなかったものが吐き出せた感じがしました。

ep39-2

18歳で上京

Redox.

はじめてのステージで歌を披露したことが大きなきっかけになったんですね。
そこから、高校を卒業してどういう道を選択したのでしょうか?

石居直

高校卒業と同時に上京しました。
東京に出て歌をやってみようと。
当時の私にとって、キラキラした憧れの場所でした。

Redox.

東京での生活は、イメージしたようになりましたか?

石居直

現実は甘くありませんでした。(笑)
歌に関して全く無知で上京しました。
まずは生活をするため、自分の興味のあったダンススタジオで受付としてアルバイトを始めました。
そこで、仲良くしてくださったダンサーさんから『クラブで歌ってみれば?』と誘っていただき、
アルバイトをしながらクラブへ通い、人脈を広げながら、歌詞を書いたり、クラブで歌ったり…
刺激的な日々でした。新しいことばかりで楽しくてキラキラしていました。
でもどこかしっくりとこない、もやもやとした感覚があったんです。
色んな歌詞を書いて、色んなジャンルを歌ったけれど、どれもしっくりこきませんでした。
どうしたら、デビューできて、売れるんだろう…
いつまでアルバイトして…
いつまでここで歌っていれば…
毎日が苦しく感じるようになっていました。

ふるさとと家族の支え

Redox.

東京で生活を始めて、憧れと現実のギャップがあって、辞めたいと思わなかったのでしょうか?

石居直

何度も何度も辞めよう、、、と思いましたね。
才能ないんだなって言い聞かせていました。
でも、諦められなかったんです。
考えても考えても答えは出ず、ただただ心が苦しくなるばかりでした。
そんな時は、いつも地元へ帰っていました。
でも、家族に相談はできませんでした。だけど、両親は分かっていたんでしょうね。
『しんどかったらいつでも帰ってきたらええやん。』
いつもそう言って、また東京へと送り出してくれました。
だから、また前を向くことができたんです。
気がつくとそこは私の帰る場所だったことが分かるようになりました。
あんなに大嫌いな場所だったんですけどね。。

Redox.

遠く離れてから分かるようになったんですね。
ep39-3

 

夏祭りが無くなる危機

Redox.

では、そこから地元を意識するようになったのでしょうか?

石居直

小さい時、毎年楽しみにしていた地元の夏祭りがなくなるかもしれない、とある日、友人から耳にしました。
私はなんとかしたい、と地元の人をはじめ、色んな人に連絡をとりお祭りがどのようにして
開催されているのか、調べることにしました。
はじめて地元に目を向けたきっかけでしたね。
すると、そこには世代交代による人出不足や、地方が抱える問題がたくさんありました。
今まで気にしていませんでしたが、少しずつ大きなスーパーやコンビニ、チェーン店が増え、
地元の商店街はシャッターが目立つようになっていました。
何ができるかわからないけれど、今、自分ができることは“想いを伝えること”だと。
どうにか続けてほしい、なくなってしまうのは嫌だ!と声をあげることでした。
この想いを歌へ込めました。
そうすると、不思議と歌詞とメロディーが溢れてきました。
その時に、『これだ!』と感じました。
口に出すと言えなくなってしまう想いも、歌にのせて伝え、表現することができるんだ、と。
そして、大切なふるさとを自分たちの手で守っていかなくてはいけないと思いました。
あれから3年、地元の夏祭りは、毎年たくさんの熱い想いが詰まったお祭りとなっています。

Redox.

自分の本当の気持ちを歌に乗せることができたんですね!まさしく、歌の力ですね。
このことをきっかけで、気持ちにどう変化が起きましたか?

石居直

これが私のやりたいことだと確信しました。 誰に聞かれても、自信を持って伝えられることだ、と。 そこに気づけたことで、色んな見方ができるようになり、これを仕事にしよう、と決意しました。

ep39-4
(お祭りの様子)

歌ができる感覚

Redox.

具体的に、どういう感覚だったのでしょうか?

石居直

今まで上京して、ありがたいことに音楽関係、芸能関係、たくさんの方にアドバイスをいただきました。
でも、皆さんがまず聞いてくださったのは、『あなたはどんな歌が歌いたいの?』『どんな場所で、なんのために歌いたいの?』
という、私の想いでした。
私はその質問に答えることが全くできませんでした。
でも、このお祭りをきっかけに、色んな人々の”想い”を知ることができ、想いが行動へとつながる事を教えてもらいました。
今までその”想い”がなかった私…
歌詞を書いてもしっくりこない。当たり前ですよね。

ep39-5
(想いから曲を作っている石居直さん)

うどんシンガーの由来

Redox.

歌を通して、人に想いを伝えるっていうことにたどり着いたんですね。
では、“うどんシンガー”という肩書きで活動されているのはなぜでしょうか?

石居直

うどんシンガーは職業です。医者、教師、パティシエなどと同じように。
一般的に言えば、シンガーソングライターと言われます。
“作詞作曲をして、歌う。”
でもうどんシンガーはそれだけではないんです。
うどんシンガーになったことには2つ理由があります。
1つは、大人、子供、男、女、誰もが興味を持ちやすい『食』に関してです。
故郷の香川県(うどん県)PRのため、親しみを持ってもらうためにつけました。

ep39-6
(地元で歌を歌う様子)

もう1つは、若い世代のみなさんにワクワクした毎日を過ごしてほしいからです。
今現在、東京でアルバイトをしながら活動をしています。
その中で学生や若い世代の人たちと話していると、やりたい仕事や目標がない、という方がほとんどなんです。
生きていく中で私たちの生活のベースは、大半が仕事だと思います。
その中で将来に希望や目標がないのはすごくもったいない!と思うのです!
なぜなら、自分の人生ですよ!
誰も決めてくれません。毎日をどう過ごすかは自分次第だと。
やりたい仕事がなければ、作ってしまえばいいんだよ!
好きな事があればそれを仕事にしてもいいんだよ!と。
私が子供の頃に見た、憧れの存在で居たいと、そう思っています。

ep39-7
(子どもたちに一人ひとりメッセージを書く石居直さん))

ふるさとや家族をテーマに

Redox.

うどんシンガーはそういう想いがあったんですね。
では、ふるさとや家族をテーマにして歌を歌っていますが、これはご自身の経験からでしょうか?

石居直

「皆さんにとって、「家族ってどんな存在ですか?」と聞かれたらなんと答えますか?
私はきっとこの質問には答えられないだろうな〜(笑)
居るのが当たり前だし、感謝していますって、なんて恥ずかしいし、別にって言いそう。(笑)
みなさんそれぞれに家族という存在がいるけれど、構成も事情も様々ですよね。
当たり前に側にいる存在は、当たり前じゃないんだと気づけたことがありました。
私が17歳の多感な時期にひいおばあちゃんが他界しました。
小さいころから毎日一緒にいたひいおばあちゃん。
みんなに見守られ、安らかに息を引き取りました。
その場に居た私は、亡くなった事実を
受け止めることができずに、ただただ立っていることしかできなかったんです。
何日経っても、何年経ってもどうしても受け止めることができませんでした。
大人になるにつれて素直に話すことも、顔を合わせることさえもできなくなっていました。
久しぶりにちゃんと向き合ったひいおばあちゃんは昔と変わらない優しくあたたかい笑顔でした。
伝えたいことも話したいことも、たくさんたくさんあったのに。
最期さえも、私は何も言うことができませんでした。
家族が居るということの有り難さを、ひいおばあちゃんに気づかせてくれました。
今でも面と向かうと素直に言葉にするのは照れくさくて、恥ずかしくて…
でも、もう後悔したくないから歌を使って家族への想いを届けようと思いました。」

ep39-8

Redox.

たしかに、面と向かって感謝の気持ちを伝えることって難しいですよね。
では、現在、どういうときに歌を歌っていてよかったと思いますか?

石居直

「誰かが私の歌を聴いて、家族のことを考えてくれたときですね。
実は、自分のために歌を歌ってきました。
家族へ言葉では言えない気持ちを歌にして届けたいと思って。もちろん今も。
でも、活動をしていく中で、同じような気持ちを持っている方が多かったんです。
曲を聴いてくださった方から頂いたお手紙には、
今まで誰にも言えなかった家族への想いが綴られていたり、歌を聴いて自分の中の気持ちを
整理できたり、理解することができた。一人で抱えていたものが楽になった。など、一つ一つが心が苦しくなるほど、
ありがたいお言葉をいただいくことがあります。
自分のためにやっていたことが、誰かのためにもなっていたことは言葉では伝えきれないほどの幸せを感じました。
今もそんなありがたいお言葉をたくさんいただいています。」

これからの活動

Redox.

ご自身だけの想いではなく、想いが共有されていたんですね!
そんな想いを持っている直さんは、これからも活動は続けていきたいですか?

石居直

「もちろんです。
聴いてくださる方がいる限りは歌い続けます。
おばあちゃんになっても。」

ep39-9 ep39-10
(2016/8 2nd mini album 『いらっしゃいませ』は、ライブ会場で販売。)

あとがき

小学生の頃から、憧れていた音楽の世界。
流行りの服や遊ぶところもなく、地元から出たいという気持ちと
音楽の世界に携わりたい気持ちから、15歳で地元を離れた石居直さん。刺激が溢れる専門学校生活を過ごし、18歳で上京。
ただ、キラキラした東京での活動はうまくいかず、
迷走した毎日を送るようになってしまった。嫌いだった地元が、大切な故郷へと変わり、いつも背中を押してくれる家族の存在。
分からなくても逃げ出さなかった直さんは、夏まつりをきっかけに、やりたいことを見つけた。
・・・
やりたいことを見つけることは難しいと思います。
そして、やりたいことを見つけることができない言い訳を探している気がします。「職業を作る。」この斬新な考えで、選択肢が増えると思いました。これからも、石居直さんのご活躍に期待しています!
ep39-11